スタッフ紹介

湘南塾とは、「組織にいてもいい、独立してもいい、なにしててもいい。。。。自らが心の底から信じる道を歩み、そう生きる人を認め、実行する人を増やす場所」を目指す、非営利の勉強会です。
一方通行のセミナーではなく、インタラクティブなワークショップを通じて、徹底的に課題に向かい合い、真剣な討論を通じてビジネスマンとしてのあるべき姿を追求して参ります。
活動は完全に非営利で実施し、金銭的なしがらみ無く、全力/真剣/本音で参加者同士がお互いの成長に向き合えるようにしています。



江尻裕一                

(経歴)

海をこよなく愛し、海のそばに住む。今はやんちゃなバイク乗りだが、昔はウインドサーフィンの選手だった。ジャック・スパロウに心酔し、今宵もラム酒片手に、飲んで飲まれて飲まれて飲む。好きな言葉は「楽しく冒険しなきゃ!」。大企業で中華圏ビジネルに首まで浸かり、ハッと気づけば人生のほとんど半分を海外で過ごす。とはいえ、そのおかげで中国語と英語はネイティブレベル、英語にかけてはTOEIC900点超というオマケつき。現在は海賊のように自由に生きる人の育成に夢中になっている。湘南&台湾在住。

1988年:慶応義塾大学理工学部を追い出されるように卒業。

◆住友商事時代(1988年〜1998年)

住友商事に入社し、欧米向け自動車OEM部品の製造設備の輸出を担当。 しかし英語はからしきダメで毎日遅刻して重役出勤というひどい新人。その後、中国自動車部品/設備市場開拓にイチからチャレンジ。カタログを持って中国行脚で勝負! 上海住友商事、杭州東風日産ディーゼル(合弁会社)と中華圏を渡り歩き、財務と事業立ち上げに心血をそそぐ。本社常務と方針をめぐり大げんかとなり、現地で辞表を叩きつける。

◆ソニー時代(1998年〜2007年)

住友商事を退職したあと、新聞の求人広告を見てハッとしてソニーへゴー。ソニー(株)地域事業戦略部にてソニーグループの中国事業戦略を担当。死ぬほど働くpart1の幕開け。ソネット台湾COOとして台湾でISP事業のゼロからの立ち上げ、SCEの中国事業戦略を担当、 SCE香港GMとしてPS3のローンチ及びアジア全域のSales&Marketingを統括。ソニーでは自ら「撤退」という決断を下すことも経験。

◆楽天時代(2007年〜2016年)

台湾楽天市場のCEOとして事業立ち上げを推進。台湾でEC立ち上げのリベンジ。功を奏して台湾事業の集大成となる。楽天(株)の執行役員として中国の合弁事業(楽酷天)CEOも引き継ぎ、撤退までハンズオンで関与。死ぬほど働くpart2の到来。とにかくやり尽くす。二度倒れ、奥歯が二本折れるほどボロボロになったが株価も上昇して、有終の美を飾る。執念の1500日が結実し、最大の難関とされた台湾のクレジットカード事業のライセンスを取得、カード事業に参入。楽天アジアのCOOとしてアジアEC事業全般を統括し、2016年3月に退職。優秀な現地人CEOが育ち、ようやく会社員生活の幕をおろす。

(現在)

湘南塾 発起人

海賊ライフ  提唱者/海賊育成コーチ    Facebook /  Twitter    /    Medium

アクセラパートナーズ株式会社 代表取締役

日台通コンサルティング株式会社 代表取締役

社会起業大学 理事

株式会社eWeLL 取締役

Wikipedia

(資格・スキル)

CTI Co-Active Coaching Training 上級コース学習中

AFP(日本ファイナンシャル・プランナーズ協会認定)

NLPプラクティショナー(全米NLP協会・日本NLP協会認定)

LABプロファイル®プラクティショナー(カナダSuccess Strategies シェリー・ローズ・シャーベイ認定)


萩原一禎

(経歴)

大阪出身で、大学受験に失敗し、予備校の入学試験に落ちるほど低学力(卒業時の偏差値は34)。
地元の女子サッカークラブの運営のお手伝いをしながら、若くして亡くなった弟の想いを引き継ぎ、命ある限り毎日前に進む。
海外生活は計14年、好きな漫画や映画のシーンは”のび太がジャイアンに勝つ場面”と”ニューシネマパラダイスのラスト場面”。

1994年:早稲田大学商学部を成績順で同学年卒1,200名中1,056番目の留年間際で卒業

◆三菱商事時代(1994年〜2000年)

三菱商事に入社し、情報化(IT)研修生として最初の一年はネットワーク技術とシステム開発の基礎をOJTを通して習得。
ウェブ系システムやグループウェア開発、海外専用線ネットワークの構築などに従事した後、エネルギー部門にて石油原料の輸入および販売に関わる。
中東研修生としてアブダビ(UAE)に長期滞在経験中に、こっそりヨルダン経由でイラク渡航を試みて叱責を受ける。

◆ソニー時代(2001年〜2008年)

ソニーに入社し、海外営業部付でSo-net(SCN)にて海外市場におけるインターネット事業に関わる。
主戦場はアジア。一時期、北米へ長期出張での業務などを経験させてもらいながら、香港に駐在。
直販部門の中でオンライン販売などに従事し、その後、アジアを統括するPlayStation部隊(SCE)に横滑り出向。
最後の仕事はPlayStation Networkのアジアでの立ち上げ、毎日業務と言いながら夜は得意のゲーム三昧。

◆自営業時代(2009年〜現在)

ソニー退社後、世界を二周。訪問国数は欧州〜アフリカ〜アジア〜北南米まで77か国。
2010年に弟と一緒に事業を開始、当時の従業員数は中国からの留学卒業者の1名のみ。
上海で食品機械事業(工場運営)に関わりながらベーカリー事業を開始(撤退)。
現在は大阪/東京にオフィスを構え、中国大陸/台湾/カンボジアに現地法人を持ちながらIT/コスメ/スポーツの軸で事業展開。

musica株式会社
musica-lab株式会社 
nulo株式会社 
株式会社メリーゴーラウンド 
華日國際行銷有限公司 
クオンタムリープアジア株式会社 
スペランツァ大阪高槻 


大和田健人

(経歴)

2001年、ゲーム好きが高じて就職活動を忘れ、通年採用をしていたソニー・コンピュータエンタテインメントに滑り込みでゲームクリエイターとして入社。

中華料理屋で中国語の注文が上手いという事で、2004年、中国事業立ち上げメンバーとして上海と台湾、広州に赴任。
以後、PlayStationのアジアビジネスに貢献。ボトムアップのマーケティング、経営企画、戦略立案、対政府交渉を担当。気がつくと中国100都市を訪問する事に。
各地での度重なる食べ歩きと会食の結果、駐在前は63kgだった体重が最高で98kgへと成長を遂げる。

2014年、Bazaar Entertainment Groupを立ち上げ。
シンガポール・東京・インドネシアを拠点に、途上国の通信インフラに根ざしたモバイルコンテンツ配信プラットホームを提供。国内複数社にてアジア進出コンサルティングサービスを提供する。

(皆さんに共有できる付加価値)

◯アジアサバイバル術
◯ボトムアップマーケティング
東南アジアでテキ屋を経営。日銭を稼ぎながらフィージビリティ・スタディを実施。

◯ボトムアップ型マーケティングリサーチ
→潜在的ニーズ、潜在市場規模の数値化

◯駐在員目利き
→大手消費財メーカーに対してコンサルティングサービスを提供

 


中村 正志(なかむらまさし)

1979年9月19日生まれ / 38歳

北海道出身、上智大学卒(新聞学)
◯ 湘南塾 事務局
◯ 株式会社N企画事務所
◯ 株式会社ポケットメニュー
◯ 学生(事業構想大学院大学 就学中 /事業構想研究科事業構想専攻)
好きなこと・もの
キャンプ / サッカー / そば / ガジェット / 台湾(第二の故郷)
【経歴】
◆楽天(2003-2017年)
キャリア前半は、B2Bの営業畑においてキャリアを積み重ねた。が、いわゆる”
営業マン”とは対極にいる性質を持つ。極度なコミュニケーション障害のため、
新卒直後の営業では、配属初月に前代未聞の成績0件。しかし、分析・観察・
効果的なプレゼンによって苦手を避けながらサバイバル。その後、楽天市場の
営業企画部門を任せれるようになり、台湾赴任となる。また、台湾では、全く
中国語を話せないという状況下ながら、科学的アプローチで地道に信頼を積み
重ね、30人超のスタッフを束ねる営業組織を作り上げた。
キャリア後半では、ASEAN地域を統括するアジア地域本部、楽天カードにおい
て、EC事業の経営と事業間/国際間連携の仕組みづくりを担当。楽天トラベル
や楽天カードの海外間サービスの連携・拡充に尽力した。
◆現在
2017年8月に、「日本のモノやサービス」を「海外へ発信し、魅了すること」
を主題とした新規サービス企画を作ることを念頭に、株式会社N企画事務所を
立ち上げた。
その後、「日本の食文化向上」という理念を掲げる株式会社ポケットメニュー
に合流、日本の食文化向上を具体的なサービスに落とし込みながら、理念の実
現に邁進中。


脇坂 知典(わきさか・とものり)

◯ 湘南塾 事務局
◯ アイ・シー・ネット株式会社 グローバルビジネス支援事業部
◯ 公認会計士

【今の仕事のきっかけ】
中学生の頃に世界の紛争のニュースをみながら、世界が平和になれるような仕事がしたいと思ったのがきっかけ。その時に、平和な環境で育ったから平和がいいと思える一方で、自分が紛争地で育ったら、たぶん平和を求めるよりも紛争地の人と同じように怒りや憎しみで染まって怒り狂ってるだろうなーと。だったら自分と同じような人で今は争いの中で生きている人たちが、少しでも平和に生きられるように役に立ちたいな、と。

【経歴】
◆監査法人トーマツ
国内+製造業が主力の監査法人では、海外+金融業の組合せは、新人会計士にとっては二重苦の世界。でも、忙しい部署の方が短期間にいろんな経験ができるしいいかなと、一般的には超絶不人気の国際金融部を選ぶ。仕事はやっぱり忙しく、栄養摂取がアルコール中心になり、成人後の最軽量期で57kgまで意図せずダイエット。このころ入国審査や税関審査での薬物検査を頻繁に受け、もう個室に呼ばれてもドキドキしなくなる。会計士としての仕事は楽しかったものの、一生続けていく価値は自分には見いだせなかったので、6年間ほどの実務経験を積んだのちに退職。

◆ブラッドフォード大学 紛争解決学修士
もともと世界平和につながるような仕事がしたいと思っていたので、どの大学院に行こうかと考えてたときに、「平和学」なんて学問があることを発見。さらに調べると「紛争解決学」なんてワクワクするような学問まである!ということで、なんとなくな感じで、イギリスの大学院へ。マスターが1年ちょっとでとれるというのも魅力。毎晩のお酒を楽しみすぎて1年間で10kg増量して帰国。。。

◆空白の1年
会計士をやって、紛争解決学をして、そろそろ自分の将来、どんな仕事を選ぶか?を20代の終わりに差し掛かってようやく考え始める。この無職の怠惰な生活でさらにちょっと体重が増える。

◆日本紛争予防センター
1年以上、ふらふらと無職するのに飽きた頃に、再就職。紛争後の地域でのいがみ合った住民間の和解促進のプロジェクトなどに関わる。その一方で、長期的な視点から、和解促進だけではなく、生活が安定することが、将来に希望を持てるようになることが、本当の平和につながる、という思いが強くなる。

◆現在:アイ・シー・ネット(株)
当初は、JICAを中心とするODA事業に従事。ナイジェリアの地方都市のマイクロファイナスや商業銀行の調査を通じて、新興国の金融システムの一端を知る。また、バングラデシュでは、政府による汚職撲滅のプロジェクトに従事する中で、現地の人が感じている社会課題のなかで、ODAでのアプローチよりも、ビジネスでアプローチする方がよいものも多いのでは?と感じるように。

起業家育成のプラットフォーム「40億人のためのビジネスアイデアコンテスト」と、中小企業の海外展開支援のプラットフォーム「飛びだせJapan!」の立ち上げと運営を経て、これまでの関わりを中心に金融、コンテンツ、農業、教育が関心分野。

このなかでも、最近は農業専属。安心・安全な野菜を届けるビジネス。消費者に必要とされるものを届けるマーケットインの農業ビジネスモデルをカンボジアで作りたい。こんなことに取り組んでいます。


山﨑亮士

湘南塾 事務局
株式会社プラナコーポレーション東京

(経歴)
福岡県出身。小、中学生時は、ほとんど勉強もやらず、親泣かせの日々を送るが、高校は軍隊のような男子校に入学したのを機に、多少目覚める。

高校、大学、社会人で、海外での留学(イギリス、ニュージーランド)を経験し、外の世界で身を投じる事に対する好奇心が芽生えるようになる。

(新卒後)
2011年3月 和歌山大学卒業後、大手の貿易関連会社に就職。神戸港での輸入管理業務に従事するも、もう一度海外で腰を据えて勉強する夢を捨てきれず、退職。

(海外留学時)
新卒の会社を退職後、ロンドン大学SOAS校に1年間留学し、国際経営学を学ぶ。現地のクラスで、クラス代表を任され、週1で学部長とのMTG、月1での学生組合でのMTGに参加し、現地のインタラクティブに圧倒されながらも、なんとか乗り切る。その他、日本で味わえない波瀾万丈な経験(意味もなく突然駅員に怒られる等)もあり、それらが現在の海外での仕事の土台となっている。

(留学時〜現在)
留学から帰国後、地元の福岡で自治体向けの広告サービスを展開する会社に就職。北は北海道から南は鹿児島まで飛び回り、全国の自治体に対して、広告事業による歳入アップの提案を行う。その後、通販企業をメインクライアントとした広告代理店に移る。 国内では地上波のTV局を相手としたメディアバイイング業務に従事していると同時に、海外でカンボジアを中心にコスメ系商品のプロモーションを、現地で悪戦苦闘しながら展開中。