いたしません!

今年最後の週次コラムは、江尻が担当します〜
タイトルは、「いたしません!」
来年に向けて、やらないことを決めてはどうでしょうか?

楽しく観ていた「ドクターX」もシリーズ5となり、先日最終回を迎えた。ご存知の方も多いかと思うが、簡単に言うとフリーランスのスーパー外科医が白い巨塔のルールを無視して活躍するという話。そこらじゅうの設定にデフォルメが効いていて、まあまあありえないお話だし、ストーリー展開もまあまあくだらないのだが、僕はこのドラマが大好きなのだ。

理由は、主役の大門未知子のたたずまいとありかたが素晴らしいから。演じている米倉涼子のつっぱり具合も素晴らしく、「いいお医者さん」ではなく「プロフェッショナル」であることを上手に演じている。素晴らしい医師だから、「素晴らしい心」という紐付けではなく、大門未知子は「だれも見捨てない」「手術大好き」というプロフェッショナルなポリシーに加え、「私、失敗しないので」という決め台詞と共に自分を追い込んでいく。手術の前にはありとあらゆる可能性やシナリオを頭に叩き込み、徹底的に予習をする。なんで? それは、彼女は誰よりも手術が大好きだから。

勉強熱心だから、人を助けたいから。。。という側面もあるだろうが、まあ最初にくるのは、手術が大好きだからなのだ。大好きなものだからこそ、徹底的に時間も使えるし、誰よりも夢中になって更なる高みに向かっていくのだろう。

そして、もう一つ大切な決め台詞は「いたしません!」だ。医師免許がなくても出来ること、例えば院長回診、論文手伝い、などなど、彼女がやる必要がないと思ったこと、やらないと決めたことがしっかりとリストアップされている。そして、場面場面で不条理な依頼を受けた時は、一寸の迷いもなく「いたしません!」と切り捨てる。これは、「しょうがない」と思いながら何かに取り組んでいる多くの現代人にとって、最高にスカッとする瞬間に違いない。しかし、これをどれほど多くの人が現実世界で実践出来るだろうか?

やらないことを決め、やらされそうになったら「いたしません!」と一刀両断で断る。これは、カッコいいけどあるいみ捨てることへの度胸がいるとも言える。しかし、これをやることで自分の時間を無駄な事に回さなくて済むようになるし、また自分の心を欺いて傷つけることもなくなるのだ。僕自身は「やらないこと」を幾つか決めていて、「いたしません!」というこの大門未知子の言葉とともに「断る」「やらない」という選択肢を取ることもある。これ、やってみたらとても気持ち良いのだ。

だから、本当にやらないことを決め、腹をくくって「やらない」という選択肢を取ることはとても重要であるし、これは結局「やりたいこと」を明確化していくプロセスにもなるのだと思っている。

そろそろ年の瀬、普通は来年「やること」を考えるのだろうが、敢えてここは来年に向けて「やらないこと」を決めてみてはどうだろうか?

(原文)

https://medium.com/…/%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%97%E3%81%BE%E…

最近興味のあるビジネス〜2100年のビジネス〜

今月のテーマブログである「最近興味のあるビジネス」について、大和田が例によって与太話をさせていただきますので、お付き合い頂ければと思います。

単なる金儲けという事であれば色々とネタがあるのですが、そもそもビジネスとは何か、商売とは何かと考えた時に、人様のお役に立ってこそのビジネス・商売ですので、私の関心事は、どうしても人様が困っている事に目が向きがちです。
途上国のQOLに貢献するために、エンタメを届けるという今の商いも、人様のお役に立ちたいという思いから創業に至った経緯です。

さて、人様が困っている事は無数ありますが、ボランティアではなくビジネスとして成功させるためには、利益を生み出すメカニズムを見つける事が必要になる訳です。

では、そのメカニズムは何かと考えると、色々な手法がある訳ですが、一番分かりやすいのは、先行者利益のモデルだと思っています。他人が目を付けないうちに先行投資をして、他人が気がついた時には、他人のついてこれない所まで進んでいるという。

では、どうすれば先行できるのか、と考えると、一番確実なのは、予測できる未来から現在に遡るというものです。未来に必要とされるものを、今から種を蒔いておくというものです。

では、未来を予測する手法ですが、古来より古今東西で最も確実とされる予測手法は、人口統計を見る事だと言われています。

現在の地球上の人口は73億人ですが、2050年には94~100億人、2100年には112億人になるそうです。しかも、増加人口の8割はアジアとアフリカということです。

 

こんなに人口が増えたら、まあ、色々な問題が出てきますよね。そこが商売のタネになる訳です。

私の様な素人が考えても容易に想像できる問題について、私はビジネスで解決できないかと興味を持って勉強をしている最中です。
①そんなに多くの人間が、どこに住むの?
②そんなに多くの人間が、何を食べるの?
③そんなに多くの人間が、どうやって学ぶの?

①の住居問題について。

爆発的な人口増加を遂げる国々では熟練工の調達ができないため、建築プロセスの改善が大きな課題になるはずです。しかも、省エネルギー、というかゼロカーボンで無ければ持続的な発展は見込めません。気象条件が過酷なアジア・アフリカ地域において、どの様な住宅が必要となるか、2100年を見据えた都市計画と共に、住宅整備のエコシステムを作る必要があると考えています。

大量の住宅の供給が見込まれる市場。新たなエコシステムを作れない既存事業者に対して、新参者ができる事は何なのでしょうか?試案があるので、あと4~5年のうちにトライアルをできればいいなぁと考えている次第です。

②の食に関する問題。

牛肉を1kg食べると車で約100kmを走行するのと同等の温室効果ガスが発生するそうです。(出典:EWG)

世界の人々はアメリカ人並に牛肉を食べるとすると、一人あたり24.7kgの消費、1kgあたり100kmの温室効果ガス、これが110億人とすると、、、、計算するの諦めました。多分、アンドロメダ銀河まで行ける距離になってしまいます。

つまり、肉食からのシフトをせざるを得ない時代になるはずです。(温室効果ガスの出ない畜産の方法も解決策の一つだとも思いますが)

いわゆるタンパク質の効果的な生産で考えた場合、沢山の卵を生むタンパク源が経済効率が高い訳です。その一環として、最近は食虫に関心を示す人も出てきています。

私は生理的にNGですが。
(食虫文化を排除するつもりは無いですし、私自身これまで結構食べてます)

いきなり虫に行く前に、日本人としては、魚があるじゃないかと思います。
実際に魚を食べる日本人は、牛肉の消費量はアメリカ人の1/4なんだそうです。
(それ以外に豚や鳥も食べるからという説もありますが、まあ魚の影響が大きいのでは?)

魚の養殖技術は日本が最も進んでいるので、日本の食魚文化の輸出を通じて、未来の栄養問題解決に貢献できるのでは無いかと考え、世界の様々な所で魚を食べたり、食べてもらったりしながら勉強を続けています。

クールジャパンとして日本の食文化の輸出をするのも良いですが、持続可能な開発という観点からの魚産業の輸出という観点も大事なんじゃないかと思うんですよね。

養殖と加工、流通と食文化の形成という一筋縄では行かない大問題ではありますが、未来には確実に栄養問題は発生しますので、その解決を通じて商いができればなと常々考えています。

③の教育について。

教育とは、最も効率の良い投資であり、しかも報酬が得られる。と誰かから聞いた事があります。
世界をより良い方向に導くためには、良い教育を提供すべきであり、そのための環境が必要になります。

急速に人口が増える環境の元で、どの様にして、質が高く、誰もがアクセスできる教育環境を提供するかが、課題解決のポイントになると思われます。日本でやっているプログラミング教育だとか、早期英語教育なんてのは、教育上のトッピングの話であって、教育するためのインフラをどう作るかが、我々が2100年に向き合うためにすべき事だと私は考えています。(もちろん、2100年に向けて、どの様な人材が求められるか、というグランドデザインをベースとした教育のプログラム開発の必要性は理解しています)

以前、某米国の財団の方より、アフリカで彼らが展開する教育プラットホームビジネスについてレクチャーを受ける機会がありました。

「単に教材を電子化しましたー」という日本の教育ベンチャーとは全く違う次元で、根本から教育のインフラを作り上げるという仕組みには唖然とするばかり。

そのプラットホーム的なビジネスモデルはどうやって思いついたの?と聞くと「日本の公文式」とのこと。

また、日本人はやられてしまいました。プロダクトは作れるが、プラットホーム化ではいつも負けるのが日本の持ち味なのかしら。

現在の日本の学校教育には多くの問題がありますが、一方で日本独自のお宝が隠れているはずです。そのモデルを展開する事によって、商いを通じて2100年の教育環境を解決する道が見えてくるのではないかと考え、日々、外から日本の教育を観察する日々です。

 

ダラダラと与太話になってしまいました。

未来を予測し、未来の人々が困るであろうことを、現代に遡って解決する商いを作ること。
100年続く企業を最も輩出している日本人として、私も100年続く商いをすべく、日々努力して参ります。

世の中を読む

今週担当の“大食漢”のハギです。

今回は「世の中を読む」ということをお話ししたいと思います。私が就職した年代は1990年代のバブル崩壊後でちょうど就職氷河期に入りつつある時代。携帯電話が普及し始め、ポケベルもまだ存在し、電子メールの利用が限定的に始まり、インターネットの民生利用が本格的に始まる可能性について世の中で徐々に話題になりつつような時代。まだ世の中、”紙”で溢れ、電子データでのやり取りが殆どない時代。

当時、世の中で2000年以降に起こりうることを想定して、自身の長期的なキャリアにつき、意外と真剣に考えていた気がする。

「金融機関は淘汰され支店や営業員は劇的に減るだろうな・・・」

「紙媒体は今後そんなに伸びないだろうな・・・」

「メーカーの生産拠点は海外に移り製造の現場は中国に移っていくだろうな・・・」

「資格を持って行う生業は徐々に競争過多になるんだろうな・・・」

「少子化になり国内のみを市場にするビジネスでは成り立たなくなるんだろうな・・・」

なんて、推測しながら、自分のキャリアの強みを”どこに”持って行くのか、それなりに考えた記憶がある。

その時代から約25年経って、意外と当時予想した通りに、世の中が変質していることに改めて気付く。そして、これからの25年、世の中がどう変わっていくのか、変化するスピードを慎重に読みながら、自身のキャリアを考えないといけないと感じる。

「ネットワーク(インターネット)へ更に付加価値が吸収されていく」

「更なるグローバル化、そして、ボーダーレス化」

「日本市場の少子化・労働力不足の加速」

「地方の衰退と並行して地方活性化の更なる機運の上昇」

どこで働くか、何の産業に従事するか、そこでどういった役割を演じるか、全て自己責任。

成長する市場は何なのか、10年~20年後も価値を提供し続けられる産業は何なのか、プロとして働くサラリーマンであれ、個人事業主であれ、常に意識して行動して準備しておく必要があると思う。

実際、生活している中で25年前(1990年代)にあったものがドンドンなくなっている。

・町の本屋

・個人経営の家電店

・自転車屋

・駄菓子屋

・和菓子屋

・銀行や生損保の支店

・商店街

・町の市場(八百屋/魚屋)

・有人駐車場

・有人改札/有人券売所

2030年~2040年と新しい時代に向かうにあたり、今後25年で”どういったモノ”が無くなり、”どういったモノ”が新しく生まれてくるのか、人任せや世の中のせいにせず、きちんと自ら「(先を)読んで」仕事や職に携わる責務が個々にあると思う。「商店街が無くなるのは行政のせい」「地方が衰退するのは政府のせい」「仕事がないのは誰かのせい」と、他責を求める人には常に未来がないことは明白な気がする。サラリーマン生活の過ごし方も、自営業での楽しみ方も、老後の生活も、全て自己責任。自分なりに情報を集め、考え、整理して、予測して、次の時代の準備を自分の責任でしたいものである。

戦後日本のイノベーション100選より写真引用(阪急電鉄の日本発の自動改札機)

 

”おいしい”って何?

週替わりコラム、今週は中村より、前回に引き続き「食」をテーマにお届けします。

 

食に対する人の好みは十人十色、味覚は体調やシチュエーションで様々に変化するので、ものすごく捉えにくいものだと思うのですが、それを科学的に捉えられたらいいな、、、と思っていたところ、こんな数式をみつけました。

 

簡単に解説します。(伏木亨龍谷大学教授の説を中村なりに解釈しました)

 

生理的な味覚

これには大きく分けて2つあるらしいのですが、ひとつ目は「生理的な欠乏を補うものはすべておいしい」のだそうです。たしかに、のどが渇いていれば水ですらおいしいし、逆にどんなにおいしいものでも満腹状態だと要らないですよね。

もうひとつは「脳の報酬系を刺激する、快楽を刺激するものはおいしい」。具体的には、油と糖など。そういえば、先日「肉が食べたい」と思い立ち、家族でステーキ屋さんに行ったのですが、2歳のムスメは脂の滴るステーキを貪って身体を震わせてました。

 

生まれ育った食文化に依存する味覚

これは、「食べ慣れたものはおいしく感じ、食べ慣れないものには違和感がある」という感覚。日本でいうところの納豆、私が以前駐在していた台湾でよく食されている臭豆腐などは、その国の人は大好きだけど、異文化の人が食するのに抵抗感ある食べ物の典型例ですね。この”食文化に依存する味覚”には匂いが影響しているのだそうです。匂いの記憶は正確で経年劣化が少ないらしく、嗅覚による食の体験の積み重ねがそのひとの”食文化”となるとのこと。

 

情報による(バイアスのかかった)味覚

情報によっても、おいしさは大きな影響をうけます。有名レストランでは、空間や食器、食材の説明も含めて食事を愉しんで、おいしいと感じます。これは、視覚情報、知識などを総合的に情報を消費している状態。逆に、いまのわたしに”あるある”なのですが。そうしたコンテキストを理解せずに行くと、費用に見合ったおいしさは得られない、ということもあります。また、ワインなどを学んで愉んだり、さまざまなお店を経験してそれぞれの違いに気づいたりするのも、このひとつと言えます。

 

このフレームに沿って考えると、この3つの要素がそれぞれに影響するのですが、結局のところ、どの要素の係数を自分は重視しているのか?を自覚できないという問題に突き当たります。この点は、個人差の現れるところのようなのですが、もっともっと深掘った研究調査が必要のようで、今後解き明かされていくことを期待します。

 

一方で、X3(情報による味覚)は、情報量を増やすことで鍛えることができる=いままで以上に”おいしい”状態になれるということには変わりないハズ。ということで、cの係数がゼロじゃないことを信じて、圧倒的情報不足を脱却すべく、まずは学びあるのみと心を新たにするのでした。

 

 

最後に、恒例の(?)11月に食べ歩いたお店と、それぞれのお店でのベストひと皿をご紹介します。 みなさんの美味しいLIFEのご参考にぜひ!

第15回 湘南塾 公開セミナー報告

湘南塾の脇坂です。

先日は、2017年最後の湘南塾ということで「2018年のプランニング」をテーマにディスカッションしました!

最初のセッションでは、学生時代から今日までの私自身の年次目標や3年後、5年後の目標の変遷をご紹介し、参加メンバーそれぞれの目標がどのように捉えているのか、「人生の目標」を明確な1点のゴール(達成点)とする場合と、方向性(向かっていく先)とする考え方について話し合ったりしました。

後半では、フリーディスカッションとして参加者それぞれの直近の2018年の目標について。私も含めて、普段、あまり意識していない自分自身の目標について考えてみるよい機会でした。発表するために準備するけど、言い聞かせる相手は自分自身なのかな、という感覚もあり。

その後、湘南塾のセッションでお馴染みとなった陰と陽をテーマとした「来年の干支」について参加者にプレゼンしていただきました。私自身、今まで知らなかった内容のお話は新鮮でした!

2018年、新年最初の湘南塾は、1月20日に開催予定です!

次回のテーマについては、現在、アイデアを練っていますので、また、内容が決まり次第、湘南塾のFBページにてご案内いたします。また、こんなテーマでのセッションをしてほしい(してみたい)というご要望がありましたら、FBのメッセージにてご連絡ください。

湘南塾のFBはこちら( https://www.facebook.com/shonanjuku/ )

では、今年も残すところ1ヶ月を切りましたが、よいお年を!

日本の城

湘南塾の山﨑です。

今週のテーマは「日本の城」です。

個人的に、全国の城下町を巡る事が好きで、数々の城を見てきました。例えば、江戸城(皇居)、名古屋城、大阪城、姫路城、等々。そこで、城について私の視点からお話させていただければと思います。

天守閣や櫓の形、城を取り囲むお堀であったり、一つ一つのお城には個性があります。ただお城と言えば、華やかな天守閣に目がいきがちですが、私が注目するのは、城の土台となる石垣で、実は個性があり種類も様々です。

例えば、代表的なものを2つあげますと、大きさがばらばらな自然の石を積んで築く野面積み(のづらづみ)や、石の角や面を削り、平たくして接合面の隙間をなくし積み上げる打ち込み接ぎ(うちこみはぎ)といったものがあります。

特に後者は、安土桃山から江戸時代にかけて用いられた技法で、現存する城の多くはこの石垣になり、最も先進的なものになります。時代に合った先進的な城を築くため、先人達が考え抜いて生み出した産物が400年以上経った今でも、壊れずに建ち続けている事に、改めて日本人の知恵の奥深さを感じる事ができます。

記憶に新しいのは、昨年4月に発生致しました熊本地震での熊本城です。あの巨大地震に遭って、崩落せずに持ちこたえてる様子は皆さんもご覧になられたかと思います。あの姿こそ日本の城、建築物の質の高さを象徴すると共に、被災者に希望を与える役割を果たしていたのではないかと思っています。

少し話しがずれるかもしれないですが、スポーツにせよ仕事にせよ基礎(土台)がしっかりしていないと、その先の進歩はないと思います。そんな思考も、城の土台である石垣に通じるものがあるなと感じていますし、石垣が土台として成り立っているからこそ個性的な天守閣が生み出されるわけですから。

私たち日本人になじみのあるお城ですが、石垣に注目するなんてマイナーかもしれませんが、また違った視点を持つ事で、得られる学びもあると実感しました。私自身が、以前は天守閣しか見ないタイプの人間でしたので。

今後お城を見る機会がありましたら、屋台骨でもある「石垣」に注目してみてください。

ちなみに私がイチオシの城は、松江城です!

それではまた次回もお楽しみに。

 

 

カウンセリングと心理学

今週のコラム担当の江尻です。

今週末のキャリコン国家試験に向けて、ただいま缶詰勉強中。。。につき、「カウンセリングと心理学」についてちょっと書いてみますね。

これまでコーチング、NLP、キャリアカウンセリング、など人との対話を通じて相手に良いインパクトを与えられるようなスキルを勉強してきたわけですが、色々勉強してわかったのは、どの手法にも根底には心理学者が考案した色々な手法や論拠が活用されているということ。このあたり、まったく無知だったわたし。。。。素直に感動。

例えば、カウンセリングの教祖さんみたいなロジャースの来談者中心療法(パーソンセンタードアプローチ)なんて、コーチングの「相手の能力を信じる」みたいなところにしっかり共通性があるようだし、コーチングやNLPの視点を変える・選択するというのは、心理学でいう認知療法というのが取り入れられている模様(プロではないので断言はしないが)

あと、世の中で行われているグループワークやセミナーには、ほぼほぼ国分康孝の構成的グループエンカウンターという方法が使われている気がする。(名札をニックネームにするとか、リーダーの役割とか)

一番気に入ったのは、認知行動療法を提唱したパールズさんのゲシュタルト療法。これは、全く前提をおかずに、コーチングで言うところの「今この瞬間」をしっかり捕まえてカウンセリングを行っていくもの。また、このパールズさんの「ゲシュタルトの祈り」という詩がとっても良かったので、ここで紹介しますね。これ、エマソンの「自己信頼」にも通ずる強烈な自己認知があって、気に入りました。

GESTALT GEBET

ゲシュタルトの祈り

Ich lebe mein Leben und du lebst dein Leben.
私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。

Ich bin nicht auf dieser Welt, um deinen Erwartungen zu entsprechen –
私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。

und du bist nicht auf dieser Welt, um meinen Erwartungen zu entsprechen.
そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。

ICH BIN ich und DU BIST du –
私は私。あなたはあなた。

und wenn wir uns zufallig treffen und finden, dann ist das schön,
でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。

wenn nicht, dann ist auch das gut so.
たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。

Frederick Perls
フレデリック・パールズ

(出典:http://www.ieji.org/archive/das-gestalt.html

 

コーチングやNLPではこのあたりの裏付けを教えてくれなかったんだけどキャリコンは国家試験だけあって、きちんとこのあたりの心理学の裏付けを勉強しないと試験にとおらん。。。。というわけで必死に覚えている。。。

脳が爆発しそうだ〜

更に言うなら、それぞれの団体でカウンセリングの手法が違うので、僕の脳は更に混乱中!!! なんか、同時に2−3の外国語を習っているような感覚。。。しっかり切り分けできるように頑張ります!

ではこのあたりで、勉強にもどります。あしからず。。。。。

第14回 湘南塾 公開セミナー報告

湘南塾事務局の山﨑です。

今回は、コミュニケーション、会議の在り方、ワイン基礎講座の3テーマを中心に、ディスカッションを行いました。

1)コミュニケーション:ワークショップを通じて、様々な視点からコミュニケーションの取り方を実践。

2)会議の在り方:会議の目的とは?、そして会議をより効率的に行うための方法論を議論。

3)ワイン基礎講座:ビジネスマナーとして知っておきたいワインの基礎知識の特別講座。

日頃できていると思いがちなコミュニケーションの奥深さ、何気なくしている会議・MTGの在り方を、プレゼンターの視点から鋭く切り込み、ワークショップを交えながらの熱いディスカッションとなりました。

そして、締めくくりはプレゼンターよりワイン基礎講座が開かれ、ワインの種類、味わい方等の今からでもすぐに実践できる基礎知識を習得する場となりました。個人的に、今まではワインを飲む機会は少なかったですが、今回の講座を機に、ワインに積極的にチャレンジしたいと思います!

次回は12/3(日)に湘南塾を開催予定となります。テーマは「来年の抱負」です。

2017年も残りわずか、迫り来る2018年に向けて来年への意気込み・目標を披露していただきます。

次回の湘南塾をお楽しみに!皆様の参加をお待ちしております!!

 

安全第一

今月の月次投稿のテーマ「趣味」

なんとなく自分もそのテーマで書いてみようと思って、実はほぼ書き終えたんだけど、結構、自分が普段話していることなのであまり面白くないかなぁ、という気もしてきたので書き直してみる。

今回はちょっとした自己紹介もかねて、あまり普通の人が体験してこなかったことの話を書いてみよう。

ちょうど今から10年くらい前の2008年から、自分の人生のなかでちょっとした急ハンドルを切って、平和学とか紛争解決学というジャンルの勉強や、その後に、紛争を経験した場所での民族和解の支援といったことを仕事にするようになった。

その時くらいから、一般的には治安があまりよくないと言われているところにも行くことになったけど、さりげに自分は今まで危ない目はもちろん、何かモノを盗まれたりしたことがないんだよね。

もちろん、ただただラッキーという要素もあるのだろうけど、やっぱりそういったことが起きづらい行動もしているんだろうな、と。

同僚で出張に行くたびに何かに巻き込まれている、というか引き寄せている人もいるし笑

そんな自分が今までに受けた研修でおもしろかったのは、「正しい捕虜の捕まり方」とでも言える研修。正式名称は、Safety in the Field。トップの写真はその時のもの。

タイの国軍の訓練キャンプを借りての安全管理研修は、無線の使い方、検問のシュミレーションや、移動中に拉致られて尋問される、といったフィールドワークがセットになったもの。

模擬地雷原を歩いてみる、という課題もあったり。地雷の模型を見ながら、このタイプの対人地雷はもっとも殺傷能力がヤバいので気を付けましょう、とか。

いつ使うんだ?この知識、とか思いながら。

その後しばらくして見たテレビドラマの24で、同じ地雷が使われていて、あ、そこリアリティにこだわってるんだ、とか思った記憶も。

あとは、よくこれもテレビの無線通信で見るAlpha, Bravo, Charlie, Delta, Echoといったアルファベットのスペルの正しい読み上げ方を練習させられたり。これは、たまに海外の人と電話とかでメールアドレスや、名前のスペルを伝える時にちょっとだけ役に立つ(笑)

地雷原のヤバさを体験する練習と同じレベルで、絶対にこの状況になりたくないなーというのは、「300mの距離からライフルで狙撃されている時に、自分の方向に向かって撃たれている場合と、自分とは違った方向に撃っている時の音の違いを覚えろ」というもの。確かトレーナーは、supersonic soundとか呼んでいたと思う。確かに、実際に(安全な場所で)自分の方に向かって撃たれてみると、確かに違った。でも、この経験を生かす状況が現実になったら最悪だ。

一度、南スーダンのジュバにいた時に、夜中に発砲音を聞いた時は、ちょっとだけ、この時のトレーニングを思いだした。まぁ、その時は、単に兵士がふざけて発砲していただけだと思うけど。

トータルとして、このトレーニングを受けてわかったことは、ヤバい状況にまでなるようなことになったら、もうどうにもならない、という至極あたりまえのことを再確認。ただの民間人な自分にはどうすることもできない状況になる手前で、回避行動をとることが大事、ってこと。

あと、たぶん自分が危険な目にあったことがないのは、low profile。目立たないようにするってことが大きいのかな、と。まぁ、アフリカとかに行けば東洋人というだけで目立つけど、後はシンプルにお金を持ってなさそうな見た目にすること。これってやっぱりお守り的な効果は大きいと思う。

最近おもしろかったのは、自分は東アフリカから横移動で西アフリカに行って、その時に日本から直接やってくるうちの社長と西アフリカのベナンで待ち合わせをした時のこと。特にうちの会社は、私服でユニフォームなんてないのに、空港に迎えに行っていた自分も、日本からやってきた社長も、黒い半袖のシャツに、グレーのワークパンツ、キャップにヒゲづらという同じスタイルだったこと。あ、同じ思考回路で行動してる(笑)

出張時の正装モード(笑)

研修の時にトレーナーがいいことを言っていて記憶に残っているのが、「あなたたち自身の安全を確保することが一番大事です。仮にあなたたちに何か被害があったら、あなたたちがやりたくて活動していることを続けるのが難しくなるのは容易に想像がつくでしょう。だったら、短期的な損得で危険を冒すことにメリットはなく、自分がやりたいことを続けるためにも、安全に活動して、そしてちゃんと帰ってくることでやりたいことを続けましょう。」と。

やりたいことを続けるには、安全第一!

ではでは、また。

脇坂

月間スタッフブログ 11月号 「趣味」

毎月テーマを変えてお届けするスタッフブログ、今月は「趣味」をテーマに発起人の江尻からお届けします。趣味を本気でやるとどうなるかって話です。若干挑戦口調だけど、いま私の趣味が「海賊」なんで、そこはご容赦を〜

趣味ってなんだ?

趣味っていろいろあるよね。食べ歩きとか、スポーツとか、手芸とか、また人によっては勉強とか。広辞苑にはこう書いてあるそうな。

「仕事・職業としてでなく、個人が楽しみとしてしている事柄。」

まあ、あくまで楽しみとしている事柄であれば、全て趣味ってことだね。ただ、「楽しみとしている」の具合がどうも人によって違う気がする。

例えば、僕は趣味に「狂ったように没頭」するタイプ。過去に没頭したのは、ウインドサーフィン、ゴルフ、オートバイだ。ウインドサーフィンに関して言えば、学生時代から社会人2年目くらいまでのほぼ全ての時間をその技術向上や、道具のチューニングに費やした。強風が吹いた日にも関わらず、都合で海に出られないときなど、鼻血が出たものだ。また、台風通過の出勤日など、出勤前にお台場で乗ってからポリタンの水を浴びて出勤したりもしていた。。。。ゴルフもアホのようにやった。あの当時、道具に関しては恐らく誰よりも詳しかったし、宮崎のフェニックスゴルフアカデミーの5日間の合宿コースに一人で参加して、最終的に台湾日本人会の年間チャンピオンも取った。バイクもそうだ。最初に乗ったNINJA250など、台湾で乗っていたにも関わらず、日本のサーキットで走っているものとほぼ同様の改造を加えた(当然エンジンもいじった)し、何回も峠で転んだ。。。なんやかんやで結構上手く走れるようになったし、普通の台湾人よりも台湾の道に詳しくなった。

別に自慢したいわけではなく、僕は面白いモンには圧倒的に没頭してしまうのだ。で、その先に人が見ていない面白い景色が見えるってわけ。狙っているわけでも何でもなく、没入してしまうのだ。。。。

例えば、最近勉強しているコーチングやカウンセリングも同列。。。めちゃくちゃ面白いから、どんだけ勉強しても更に先を知りたくなる。

僕にとって趣味とは、「楽しみとしている。。。」という感じではなく、「無我夢中で没頭している。。。」という感じなのだ。

仕事は趣味になるのか?

さっきの広辞苑の定義でいうと、どうも仕事や職業としてやっているものは個人の楽しみではないのかな?だとすると、「狂ったように没頭」出来る楽しい仕事はないのか?

最近何回か「海外で成功するための3要素」という講座を持つ機会があったのだが、その内の一つに「Commitment — 本気(真剣)であること」という要素がある。ここでいう「本気」は「他人からみたら狂ってると思われるくらい真剣であること」と定義している。なぜなら、この真剣さに人は共感し、協力してくれるから。僕は幸いにして、この狂ったように仕事に取り組むという経験をさせてもらった。それは、将に趣味に没頭したのと同じ感覚だったと思う。

仕事で面白い要素、例えば、競合に勝つ!とか、何かを達成する!とか、そういう「事柄」に対してそれを個人が楽しみとするなら、それも趣味ではなかろうか?そして、その趣味に没頭できるのであれば、まさに「本気」で取り組むことが出来て、仕事も上手く行くような気がするのだ。

そんなに没頭できる趣味はない?

趣味には仕事と違って、上司もいない、制限もない、多少の時間的制約や金銭的制約はあるかもしれないが、仕事で受ける制約から比べたら、比較にならないくらい小さいだろう。

無我夢中になるのがイヤだという自分への言い訳(サボタージュ)さえ取り払ってしまえば、きっと何かが見つかるはずだ。

だとすれば、まずはなんでもいいから自分が本当に面白いと思うものや、興味のあることにどんどん手を出し、「もしかしたら?」という事にとことん取り組んでみてはどうだろうか? とことんというのは、まさに「無我夢中」になるということ。それはグルメだろうが、運動だろうが、多分なんでもいい。まずこの「無我夢中」を体験すること。そして、その「人が狂ってると思うくらい無我夢中」の行き着く先を体感することは、とても素晴らしい経験になるはずだ。

そして、その体感や経験こそが仕事にも役立ち、他人に出来ない何かを成し遂げる力になるんじゃなかろうか?

そう考えると、自分なりの「趣味」を見つけて本気で極めて見るのはとっても大きなインパクトがありそうじゃないですか?