酒と私

週替りコラム、テーマは酒と私だそうだ。

酒を飲むのも仕事のうちという中華圏において10年近くを過ごした経験があるので、誰もが私は大酒飲みの様に思っている様だが、実はそうではない。

下戸という訳ではないが、非常に顔に出やすい質である。両親が北海道生まれで、元来肌が白いからであろう。

実は大して飲んでもいないのに、頬が茹で蛸の様に紅潮するからだろうか、こいつは相当飲んでると思われ盃が回って来ない事も多い。本人はもう少し飲んでもいいのにと思っている最中であるから、人生思うように行かないものである。

思うように行かないという経験は、酒にまつわる失敗談が多い様に思う。

酒に酔い、理性を失い、野生となるからであろうか。

北京といえば白酒である。

羊と言えば白酒である。

そして、真冬と言えば白酒である。

ある時、腹蔵無く語り合える友人と、真冬の北京で羊の串焼きを食べる機会があった。

件の三要素が揃うという事は白酒である。

当時、金も無い若者であったため、羊を出してくれる回教徒(中国国内のムスリム)が経営する店に、スーパーで買い込んだ格安の白酒(500mlで100円)を持ち込んで羊を食べつくすという、アラーが聞いたら卒倒する様な宴を設けた。

最初は友人のペースであったが、途中から私が逆転。その勢いに押されたのか、何故か彼の従兄弟という男を呼びつけ、日中対決の様相である。彼が従兄弟を呼びつけた刹那、彼は野生を取り戻したのであろう。

中国人が最も大事にするという面子を捨て、何としても私を酔い潰そうとしているのである。

日本人のペースで飲んだら負ける。なので、酔い潰してしまえ。

白酒の乾杯は、人間関係を再確認するプロトコルだ。

何かと理由をつけて、共に盃を飲み干す。

野生を取り戻しつつある彼の乾杯の理由は、その乾杯の数と共に理性を失いゆく。

君の健康に乾杯から始まり、会ったことの無い彼の両親の健康を祝い、私の未来の嫁の健康を祝い、毛沢東思想を祝い、日中の友好を祝い始める。

祝う事が無くなると、辺り構わず盃を捧げる。猫に乾杯、箸に乾杯、白酒に乾杯、乾杯に乾杯。

もう完全に意味不明である。

気がつくと3人で500mlのペットボトル白酒を8本位空けた時だろうか、足元が妙に滑る事に気がついた。

何かと思うと、友人の従兄弟が失禁しながらも酒を飲み続けているのである。

流石に不味いと思い、携帯で車も呼ぼうにも、指が動かないのである。

そこで私の記憶は途切れている。

鼻を付く消毒薬の臭いで目を覚ますと、病院のベッドで川の字に三人が並んている。

看護士の説明だと、三人が卒倒したため、回教徒のオーナーが病院に運んでくれたのだという。

非常に失礼な事をしたものである。まあ、そのまま店に放っておいても、凍死されるだけだから厄介払いしただけなのかもしれないが。

その後、強烈な二日酔いに数日付きまとわれることになる。

二日酔い以上に困ったのが、栄養失調である。アルコールで胃腸がやられたのか、食べたものが消化されず、そのままの色で排出されてくるのである。全く体内で吸収されないため、数日は点滴で栄養を補給するハメになった。

今思うと、胃洗浄や透析をする事にならないで良かったと思う。

月日が経ち、それぞれ年齢と分別を伴う様になったためか、鯨飲する事は無くなったものの、たまに顔を合わせると、やはり白酒となってしまう。

しかし、中国の昨今のご時世、酒への風当たりは強まっているらしい。

酒飲み日中対決の決着が付けられなかった彼は「あの時のアラーのせいだ」と言っている。

石畳の奥から聞こえる二胡の調べと同様に、

胡同の片隅の羊屋から乾杯の連呼はもう聞こえないのだろうか。