人助けとおカネの関係

週替わりポストの4番目、小さい頃から「ヒトの役に立ちたい」という思いがどこか心の中にいつもあったHagiです。

小学生や中学生の頃は漠然と「人を助けれるようになりたい」と思っていて、自分の為だけに生きてると向上する意欲が持続しない自分がいました。勉強でも一番になれない、運動でも一番になれない、でも何かを目指して生きていきたいなぁ、と漫然と思っていました。海外で活躍する慈善活動されている方などがテレビ番組で取り上げられていると食い入るようにみて、「僕もこんな風になりたい」と思っていました。

しかし… 大学を卒業し社会人になって自分で生き始めると、お「カネ」に振り回されてはいけないと気付くのと同時に、お「カネ」のありがたみも知ります。

活動するための自由な「時間」と「カネ」がないと人助けはあまり出来ないと実感するようになりました。ボランティア組織を作っても、お「カネ」がないと自分自身や自身の家族も食わせていくことが出来ない、あるいは、結局、基金や組織などの他人様の財布から「カネ」を拝借して活動資金を賄うしかない、など綺麗事でない世界を目の当たりにします。

自分のお「カネ」に多少余裕がないと、他人を助けることなんて出来ない、と思うようになりました。

お「カネ」儲けは悪いという風潮が日本にはあるような気がします。ただ、今の社会、付加価値を付けた「モノ」でないと、対価を得るのがどんどん難しくなってきています。知恵を絞ってリスクを背負って商売しないと、最低限の対価すらえれず商売を継続するのが難しくなってきています。身体が動く限り懸命に働き、キャッシュを生み出し、身近で身の丈にあった「ヒト助け」から始めてみる・・・そんな生き方もあるんだ、と思うようになりました。

「??という国(地域)の生活を豊かにするんだ!」と身勝手で押し付け的な大言壮語することより、身近な「??君(さん)を助ける」の方がよっぽど現実的で役立つことに気付くようになりました。

自分?家族?趣味?余暇?など、それぞれ人生のプライオリティがあると思います。生活をしていく上で、お「カネ」との距離感は重要だと思います。「好きなこと」を進めていく上で、お「カネ」とのバランスで「犠牲」にしないといけないこともあると思います。

皆さまはお「カネ」と「やりたい事」のバランス~どんな風に考えていらっしゃいますか?